テオグニス 詩集 (抄訳)
訳者による序文
テオグニスは古代ギリシアの詩人で貴族。おそらくアテネの近くのメガラという都市国家の住人だったと思われる。メガラは、元々は貴族が集団で統治する貴族政治だったが、一人の独裁者が統治する僭主政治に移行した。それから、さらに民主政治に移行した。民主政治に変化した革命の時期に、多くの貴族は財産を没収されて、迫害を受けて外国に亡命した。やがて亡命貴族たちは集結してメガラに帰国し、民主派と戦って勝利し貴族政治を復活させた。おそらく、この様な激動の時代にテオグニスは生きたと思われる。
テオグニス 詩集
キュルノスよ、賢い私の印をこの詩に刻もう、
そうすればこっそり盗作されないだろう、
また誰もこの詩を悪く変えないだろう。
そうして皆が言うだろう、
これは世界中で有名なメガラのテオグニスの詩だと。
だが私はまだ国民すべてを喜ばすことができない。
19-24行
訳注
キュルノス テオグニスと親密な貴族の若者
印 何を指しているか諸説あり。詩を文字で書き記した事を指す
という説。直前でテオグニスの詩だと言われている事をさす
という説。「キュルノスよ」という言葉を指すという説。
最後の説が一番有力。
メガラ ギリシアのアテネの近くの都市国家。
同名の都市国家がイタリアのシシリー島にもある。
お前に私は翼を与えた。その翼でお前は軽々と運ばれて、
果てしのない海の上を、あらゆる土地の上を飛ぶだろう。
宴会も祝宴も全ての宴にお前は出席するだろう、
沢山の人の言葉の中に居ながら。
そして澄んだ音の笛に合わせて年頃の若者たちが
順序正しく美しく澄んだ声で、お前の事を歌うだろう。
そしてお前が暗い大地の深みへ下りて悲しみに満ちた
ハーデース神の館に行く時は、
お前は死んでも決して名声を失わないだろう、
不朽の名前を永遠に保って人々の記憶に残るだろう。
キュルノスよ、ギリシアじゅうを、あらゆる島々を、
魚に満ちて作物の実らぬ海の上を旅しながら、
馬の背にまたがらないままで。すみれの冠のムーサイ神の
輝かしい贈り物がお前を導く。
詩歌を好む未来の全ての人々も同じようにお前は訪問するだろう。
大地と太陽が存在する間は。
237-252行
訳注
笛 酒宴では笛に合わせて歌う習わしだった。
順序正しく アテーナイオス『食卓の賢人たち』649B参照
ハーデース神 死後の世界を支配する神。
すみれ 学名は Viola odorata
ムーサイ神 学芸の女神の複数形 ムーサが単数形
我々は饗宴に耽るとしよう、
それが愛しく楽しい間は。
というのは、輝かしい青春は考えのように素早く過ぎ去るからだ。
突撃する馬よりも速い
小麦を実らす平野を楽しみながら
槍を使う人間の骨折り仕事に、騎手を急いで運ぶ馬よりも。
983-988行
訳注
槍を...仕事 戦争のこと
私はナイチンゲールみたいに、よく通る声では歌えない。
昨晩も酒盛りに行ったからだ。
笛吹きのせいではない。だが
歌の上手な仲間が私を離れている。
939-942行
訳注
笛吹き 酒宴では笛に合わせて歌う習わしだった。
歌の上手な仲間 自分の歌の上手さを擬人化したものだろう。
オノマクリトスよ、酒で頭が重い、酒が私を支配している。
私はもう自分の心を支配していない。
部屋がぐるぐる回る。さあ立ち上がって試してみよう、
酒がどれくらい私の足や胸中の心を支配しているのかを。
酔っ払って何か馬鹿な事をしでかして、
ひどく非難されないか心配だ。
503-508行
ソファーの上にいた人がソファーの下に横たわっている時は、
その時は必ず、酒を飲むのをやめて、さあ家に帰ろう。
843-844行
酒よ、私はお前を讃え、かつ非難する。
お前を完全に憎むことも完全に愛すこともできない。
お前は良くて悪い。いったい誰がお前を非難できるだろうか。
いったい誰がお前を賞賛できるだろうか、もし良識を持っているなら。
873-876行
キュルノスよ、国民たちが不穏な時にあまり悩むな。
私のように中道を歩め。
219-220行
私は真っ直ぐに正しい道を歩く、どちらにも偏らずに。
私は全てを適切に考えなければならない。
945-946行
祖国を、輝かしい国を私は支配するだろう、民衆におもねらず、
不正な輩に耳をかさずに。
947-948行
国民たちがどんな考えを持っているのか私は知ることができない。
私が良くしても悪くしても誰も喜ばないからだ。
367-368行
沢山の人が私を非難する、賎民だけでなく貴族も同じように。
だが無知な人は誰も真似できない。
369-370行
キュルノスよ、大言壮語するな。
人間は誰一人として夜や昼に何が起きるか分からないからだ。
159-160行
キュルノスよ、今まで貴族が国を滅ぼした事は一度もない。
だが劣悪な奴らが傲慢な行いを喜び
民衆を堕落させ、自らの利益と権力のために
法律を不正な連中に委ねる時は必ず、
その国は長くは無事ではないと思え、
たとえ今はしごく平穏でも、
劣悪な奴らがそれを好むなら、
国を害して得る利益を好むなら。
なぜなら、そこから党派争いと国民同士の殺し合いと
独裁者が生まれるからだ。この国がそんな事にならないように。
43-52行
キュルノスよ、この国は孕んでいる。我々のひどい傲慢の
処罰者を産みはしないかと、私は恐れる。
というのは、この国民たちはまだ穏やかだが、煽動者たちは
ひどい惨事に陥ろうとしている。
39-42行
キュルノスよ、この国は孕んでいる。貪欲な男を
ひどい内紛の煽動者を産みはしないかと、私は恐れる。
1081-1082行
誰かが独裁者になるのに手を貸すな、利益を求めて期待して。
誰も殺すな、もし神々に誓ったならば。
823-824行
民衆を食い物にする独裁者を、お前が好きな方法で倒しても、
神々からの天罰は何もない。
1181-1182行
私は行かない、私の宴会にもあの男を招待しないだろう。
独裁者の男は、墓で哀悼されて地面の下には行かない。
私が死んでも、あの男は悲しまないだろうし、
目から暖かい涙を流さないだろう。
1203-1206行
今や貴族の悪が賎民にとって善となった。
新奇な法律ではそう見なされるのだ。
というのは羞恥心が滅んだからだ。恥知らずと傲慢が
法に打ち勝って、世界中に広がっている。
289-292行
今や既に、人間から羞恥心が消え失せた。
その上、恥知らずが地上をうろついている。
647-648行
そのような行いや非道がマグネーシアの人々を亡ぼした。
今、この神聖な国を覆っているのと同じような行いや非道が。
603-604行
訳注
マグネーシア 小アジア(トルコ)にあった都市国家
非道な行いが、マグネーシアの人々もコロポーンもスミュルナも
亡ぼした。キュルノスよ、お前たちも完全に亡ぼすだろう。
1103-1104行
訳注
マグネーシア コロポーン スミュルナ いずれも小アジア
(トルコ)にあった都市国家
しばしば、この国は民衆煽動者たちの悪さのせいで
航路を少し陸地の方に逸れた船のように危険に近づいた。
855-856行
だから今、我々は白い帆を下に下ろしたままで
メーロス島近くの海から遠くへと暗い夜に流されている。
奴らは水を汲み出そうとはしない。海水が両舷を乗り越えそうだ。
誰だろうと助かるのはとても難しい。
奴らは眠っている。奴らは優れた操舵手を首にした。
上手に見張っていた操舵手を。
奴らは財産を力で奪い取る、秩序はなくなった。
配分はもはや平等に公平ではない。
荷運び人夫が支配している、劣悪な者が優れた者の上にいて。
波が船を呑み込んでしまわないか心配だ。
この謎を貴族のために仄めかしておこう。
だが賎民でも、賢いなら理解するだろう。
671-682行
訳注
メーロス島 エーゲ海の島
キュルノスよ、国はまだこの国のままだが、人々は違う。
奴らは以前は掟も法律も知らずに、
胸のまわりに、着古した山羊革を纏っていた、
鹿のようにこの都市の外に住んでいた。
ポリュパオスの子よ、今や奴らが高貴なのだ。以前の貴族は
今は卑しいのだ。これを見て誰が耐えられるだろうか。
彼らは互いにあざ笑いながら、だまし合う、
賎民の性質や貴族の性質も知らずに。
53-60行
訳注
ポリュパオスの子 キュルノスのこと
キュルノスよ、以前の貴族は今や卑しく、以前の賎民は
今や高貴だ。これを見て誰が耐えられるだろうか、
貴族は名誉を奪われ、賎民は名誉を得るのを。
貴族の男は賎民から嫁をもらう。
彼らはだまし合いながら、お互いをあざ笑う、
貴族だったことや賎民だった事を忘れて。
1109-1114行
キュルノスよ、我々は血統の良い羊やロバや馬を求める。
また誰でも血統の良い相手と掛け合せるのを望む。
だが、貴族の男は賎民の卑しい娘と結婚するのを気にしない。
もし娘が沢山の財産を持参するなら。
女も、卑しいが金持ちの男の妻になるのを拒まない。
いや、貴族の代わりに金持ちの男を望むのだ。
財産を彼らは崇める。そして貴族は賎民から嫁をもらい
賎民は貴族から嫁をもらう。富が血統を混ぜ合わせる。
ポリュパオスの子よ、こうして国民の血統が分からなくなっても驚くに
値しない。と言うのは高貴なものが卑しいものと混ざり合うからだ。
183-192行
訳注
ポリュパオスの子 キュルノスのこと
その男は自ら、卑しい家の娘と知りながらこの女を
家族として受け入れる、財産に説得されて
名門の男が卑しい娘を。なぜなら
強い必要性に迫られたからだ。
必要なせいで男の心は我慢する。
193-196行
キュルノスよ、あらゆる友に合わせて変わる性質になれ、
それぞれが持つ性格を受け入れながら。
ずる賢いタコの性格を持て、
タコは岩の上では岩に貼り付いて、そのような外観になる。
今はこれに合わせ、また他の時は他の色になれ。
ずる賢さは頑固さよりはるかにまさるものだ。
213-218行
キュルノスよ、あらゆる友に合わせて変わる性質になれ、
それぞれの生まれつきの性格を受け入れながら。
今はこれに合わせ、また他の時は他の性格になれ。
ずる賢さは重要な徳よりはるかに優れたものだ。
1071-1074行
敵のつらい軛(くびき)の下に、私は決して首を差し出さないだろう、
たとえトモロス山が私の頭に載ったとしても。
1023-1024行
訳注
トモロス山 小アジア(トルコ)の山
ポリュパオスの子よ、鋭く鳴く鳥の声を聞いた。
鳥が死すべき者たちに耕作の季節を告げにやって来た。
そして私の暗い心を打ちのめした。
というのは、花が咲いている私の畑を他人どもが所有しているからだ、
ラバは私の為にすきの軛(くびき)を引いているのではないからだ。
忘れられない船旅のせいで。
1197-1202行
訳注
ポリュパオスの子 キュルノスのこと
死すべき者たち 人間のこと、不死の神々との対比から。
船旅 おそらく民主政治(賎民の政治)の隠喩
オリュムポス山のゼウス神よ、どうか私の切実な祈りを叶え給え。
私に、数多の災難の代りに、何か一つ良いことも享受させ給え。
死んでしまいたい、もし、災いの心労から何の休息もなしに、
あなたが悲しみの代わりに悲しみを私に与えるならば。
というのは、そういう運命だからだ。奴らに天罰など全然ない、
私の財産を力で奪って所有している奴らに。
犬みたいに惨めな私は急流を渡った、
雨期の増水した川で全てを失いながら。
奴らのどす黒い血を飲みたいものだ。
私の望みを叶える守護神が見守ってくれれば良いのだが。
341-350行
訳注
オリュムポス山 北ギリシアの山で神々がいる所。オリンピックが
行われたオリュムピアは南ギリシアの都市。
ゼウス神 ギリシア神話の最高神
ああ、私は惨めだ。敵には嘲りの的、
友には重荷になった、災いを被って。
1107-1108行
キュルノスよ、親しい友らに報いる力と、敵どもより強い権力を
ゼウス神が私に与えて下されば良いのだが。
そうすれば、私は人間たちの間では神と見なされるだろう。
もし私が借りを返してから死の運命に至るならば。
337-340行
希望は人間界にいる唯一の良い神様だ、
他の神々は人間を見捨てオリュムポス山へと去った。
偉大な神である信頼は去った。節度も人々から去った。
ああ友よ、感謝も地上を去った。
信用できる正義の誓いはもはや人間界にはない、
誰も不死な神々を畏れない。
敬虔な人間という種族は滅びた、
人々は掟も敬虔もわきまえない。
だが、人間が生きて日の光を見てる間は、
神々を畏れて暮らしながら、もっと長く希望を持つがいい。
輝くもも骨を上から火にくべながら神々に祈るがいい。
最初と最後に希望にお供えを捧げるがいい。
不正な者たちのねじ曲がった言葉にいつも気付くがいい。
奴らは不死な神々を全く気にかけずに、
常に他人の財産を狙っている、
卑しい行いに恥ずべき印をつけながら。
1135-1150行
訳注
オリュムポス山 北ギリシアの山、神々のいる所
火にくべながら ギリシアの宗教儀式では祭壇で肉を焼いて
神に捧げた
実に沢山の賎民は金持ちで、貴族は貧しい。
だが我々は徳を奴らの富とは取り換えないだろう。
なぜなら徳は永遠に失われないが、
財産はその時々で所有者が変わるからだ。
315-318行
訳注
ソロンの詩と同じ 以下を参照
Edmonds,J.M., Elegy and Iambus, I, London 1982
(Reprint of 1931), p.132, p.267.
クレアリストスよ、あなたは深い海を旅してやって来た、
ああ、哀れな人よ、無一文の身で無一文の私の所に。
だから船の中に、ベンチの下に我々は置くとしよう、
クレアリストスよ、我々が持っている物と神々が下さる物を。
持っている中では最良の物を我々は差し出すだろう。
もしあなたの友が誰か来たら、十分にもてなされたと答えよ。
我々が持っている物は何ひとつ出し惜しみしないだろう、だが
あなたをもてなす為に持っていない物は出せない。
もし誰かが私の暮らし向きを尋ねたら、こう答えよ。
良い暮しの中では悪く、悪い暮らしの中ではかなり良い、
それで父の代からの一人の友人を見捨てることはできないが
もっと多くの人をもてなす事もできないと。
511-522行
たっぷり飲むとしよう。とても辛い貧困も、
私の悪口を言う敵たちも私は気にしない。
だが、私から去っていく愛しい青春のことで私は悲しむ、
そして次にやって来る痛ましい老いの事を私は嘆く。
1129-1132行
シモーニデースよ、もし以前のような財産を今でも持っていれば、
私は貴族たちと交わっても悲しまなかったろうに。
今や貴族は馴染みの私を素通りする。私は窮乏のせいで黙っている。
多くの人々よりずっと良い暮らしをしていたというのに。
667-670行
私が見ているのに、多くの事が私を通り過ぎる。
だが、私は沈黙するしかない、我々の無力を分かっているので。
419-420行
私の舌の上に、牛が力強い足で踏ん張って立っていて、
私は話せるのだが、私が話すのを阻んでいる。
815-816行
ああ、惨めな貧困よ、何故お前は他の男の元へ行かないで留まるのか。
何故お前は、私が望まないのに、私を愛すのか。
去れ、そして他の家に入れ。
我々と一緒に、ずっとこの惨めな生活を共にするな。
351-354行
ああ、惨めな貧困よ、何故お前は私の両肩の重荷となって
私の体と心を辱めるのか。
望まぬ私に、恥ずべき多くの事をお前は無理やり教える。
私は人間からは高貴な事や立派な事を学んだというのに。
649-652行
私は心で悩みながら、ひどい貧困に翻弄される。
なぜなら我々は、貧困という大波の頂上をまだ越えていないからだ。
619-620行
貧困はよく知られている、たとえ他人の事でも。
というのは貧困は中央広場にも裁判にも来ないからだ。
何処にいても、何処でも悪い扱いを受けるし、何処でも同じように
物笑いの種にされ、何処でも同じように嫌われるからだ。
267-270行
訳注
中央広場 都市国家の政治経済文化活動の中心地
キュルノスよ、貧困は他の何よりもひどく高貴な者を打ちのめす、
白髪の老いやマラリアよりも。
キュルノスよ、貧困から逃れる為なら、深淵の海へ身投げしたり、
断崖から飛び降りなければならない。
というのは貧困のくびきの下では、人間は何かを話すことも
できないからだ。舌が縛られているからだ。
173-178行
訳注
マラリア cf. Hudson-Williams, T., The Elegies of Theognis,
New York 1979 (Reprint of 1910), p.186.
キュルノスよ、陸の上でも海の広い背の上でも同様に、
耐え難い貧困からの自由を何としても追い求めねばならない。
179-180行
愛しいキュルノスよ、貧しい者は死んだ方がましだ、
耐え難い貧困に苦しんで生きるよりも。
181-182行
キュルノスよ、我々に呪わしい災いが降りかかっている、こんな
有様では、何よりも死の運命が我ら二人を捕らえてほしいものだ。
819-820行
地上にいる者にとって何よりも最善なのは生れてこない事、
明るい太陽の光を見ない事。
生れた者はできるだけ素速く冥土の門を通る事、
そして沢山の土で墓を築いて横たわること。
425-428行
訳注
これと似た厭世思想は古代ギリシアの文献に多数ある。また、
この詩の1行目と3行目だけでも、文法的にも内容的にもきち
んとした詩になる。そのせいで、昔からあった詩にテオグニス
が2行目と4行目を付け加えただけだという説もある。
cf. Hudson-Williams, T., The Elegies of Theognis,
New York 1979 (Reprint of 1910), pp.258-260.
Van Groningen, B. A., Theognis, Le Premier Livre,
Amsterdam 1966, pp.169-171.
Young, D., Theognis, 2.Auflage, Leipzig 1971, p.28.
前から知っていた、だが今はずっとよく知っている、
賎民には感謝の気持ちがないという事を。
853-854行
賎民に親切にする人は二つの害を得る。というのは
自分の財産は失うし、全く感謝されないからだ。
955-956行
賎民に親切にするのは一番馬鹿げた施しだ。
白い塩の海に種を蒔くのと同じだ。
というのは深い海に種を蒔いてもお前は作物を収穫できないし、
賎民に良くしてもその見返りは何もないだろう。
というのは賎民は強欲な心を持っているからだ。もしお前が何か
一つ失敗すれば、それまでのあらゆる友情は流れ去る。
だが貴族はとても苦しい時に恩を受けると、
その恩を忘れないで、その後ずっと感謝する。
105-112行
奴隷の頭は決して真っ直ぐではない、
必ずねじ曲がっている、傾いた首が付いている。
なぜなら、海葱(カイソウ)からはバラもヒヤシンスも生えないし、
奴隷女からは心の真っ直ぐな子は決して生れないからだ。
535-538行
訳注
海葱 毒のある植物
ヒヤシンス 厳密にはヒヤシンスの親戚の別の植物らしい。
学名は Scilla bifolia や Delphinium Ajacis
頭の空っぽな民衆を踏みつけろ、尖った刺し棒で殴れ、
重い軛(くびき)をはめろ。
これほど服従ずきな民衆はもう見つからないだろう、
太陽が見下ろす全ての人間の中で。
847-850行
その時には、私の上に大きく広い青銅の空が上から落ちればよい、
【これは昔の人々の心配の種だった】
もし、私が親しい人々を助けないならば、
敵の苦しみや災いとならないならば。
869-872行
訳注
心配の種 中国の杞憂と同じ
もし友人たちの誰かが、私が何かの災難を被ったのを見たら、
顔をそむけて見ようとしない。
もし逆に、人には滅多にない何かの幸運が私に起きたら、
沢山の挨拶と友情を私は得る。
857-860行
キュルノスよ、誰も親しくしない、災難が人に
降りかかった時には、同じ腹から生れた人でさえも。
299-300行
私がうまく行っている時は、沢山の友。だが、
何か災難があると、誠実な心を持つ者は少ない。
697-698行
キュルノスよ、私は苦しんでいる、有害な死よりましだが、
他の全ての中では一番悲しい出来事に。
友人達が私を裏切った。私は敵に引き渡されて、
彼らがどんな考えを持っているか知るだろう。
811-814行
ああ、幸せで幸運で恵まれている、
紛争を経験せずにハーデース神の暗い館に行く人は。
敵に怯えてちぢこまり、必要に迫られて掟を破り、
友人達がどんな考えを持っているか試す前に。
1013-1016行
訳注
ハーデース神 あの世を支配する神
オリュムポス山のゼウス神が破滅させ給うように、
優しい言葉を語って仲間をひどく欺こうとする男を。
851-852行
訳注
オリュムポス山 ギリシア北部の山 神々がいる所
ゼウス神 ギリシア神話の最高神
お前が前にも通った道をまた行き来して、
我々の友情を欺いているのを、私は見逃さないぞ。
失せろ、神々の憎まれ者で、人間には不誠実な者よ、
お前の胸には冷酷でずる賢い蛇がいる。
599-602行
私は信用して財産を失ったが、信用しないで財産を守った。
この両方から得た知識は悲しすぎる。
831-832行
キュルノスよ、敵がその敵をだますのは難しい。
だが友をだますのはその友には容易だ。
1219-1220行
身近な友を捨てて、他の友を探すな、
賎民たちの言葉を信用して。
1151-1152行
暗い水の泉から、私が一人で飲んでいた間は、
少し甘くて良い味がした。
だが、今は既に水は汚された、泥が混ざっている。
さあ、他の泉か川から飲むとしよう。
959-962行
亡命者には、友人や忠実な仲間はいない。
それは亡命よりも辛い。
209-210行
キュルノスよ、何かを期待して亡命者と親しくするな。
というのは、亡命者は帰国すると別人になるからだ。
333-334行
というのは、この私はシシリー島にも行った、
エウボイア島のブドウの豊かな平野にも行った、そして
葦の茂るエウロータス川の堂々とした町、スパルタにも行った、
そして私が訪ねると誰もが喜んでもてなしてくれた。
だが、それでも私の心には喜びが全く沸かなかった。
さて、このように、祖国よりも愛しいものは何もない。
783-788行
訳注
シシリー島 イタリアの島 ギリシア人の都市国家が多数あった。
エウボイア島 ギリシア本土のすぐ東にある大きく細長い島
スパルタ ギリシア本土南部の都市国家 スパルタ式教育の語源
私はアイトーンの一族で、城壁が立派なテーバイの都市に住む、
父祖の土地から離れて。
1209-1210行
訳注
アイトーン 『オデュッセイア』19.183. でオデュッセウスが
使った偽名。オデュッセウスは外国を長年彷徨ったが、
最後には帰国して敵に復讐した。亡命して諸国を流浪
したテオグニスの境遇と似ている。いつか帰国して
復讐したいという希望の婉曲な表現として用いたのか。
或いはテオグニスが属する貴族の家系の名称
なのかもしれない。
テーバイ メガラから30-40キロぐらい離れている都市国家
アルギュリスよ、図々しく私を茶化して愛しい両親を罵るな。
女よ、お前は奴隷暮らしだ。
我々は祖国を亡命してから他の沢山の災いを経験したが、
痛ましい奴隷の境遇とは無縁だ。
誰も我々を売り飛ばさない。それに我々にも立派な国がある、
それは忘却の平野にある。
1211-1216行
訳注
忘却の平野 あの世のこと
キュルノスよ、友人たちの助けで、我々は賎民の支配を
終わらせるだろう。できた傷の薬を求めようではないか。
1133-1134行
キュルノスよ、無言の伝令が嘆きに満ちた戦いを引き起こす、
遠くを見張る物見やぐらから輝いて。
さあ、足の速い馬に馬具を装着しろ。
というのは騎兵は敵軍と遭遇するように思うからだ。
そんなに遠くない。敵はじきに到着するだろう、
もし神々が私の判断を欺かなければ。
549-554行
訳注
無言の伝令 のろしの火を意味する
訳者による解説
以上はテオグニスの詩集のおよそ4分の1の抄訳である。
翻訳に用いたテキストは以下の三つである。
Welcker, F.T., Theognidis Reliquiae, Frankfurt 1826.
Bergk, T., Anthologia Lyrica, Leipzig 1854.
Bergk, T., Poetae Lyrici Graeci II, 2.Auflage, Leipzig 1853.
主として Welcker を用い、補助的に Bergk を用いた。ごく稀にその他の異読を用いた。全体的な詩の配列は Welcker を手本にしたものの訳者独自の配列である。
教育や研究の目的であれば、この内容を転載しても構いません、またデータや印刷など色々な形態で配布しても構いません。ただし内容の改変はしないでください。